先輩看護師インタビュー

確実な知識技術を持って患者さまやその家族の方をケアしていけるようになりたい

林 千恵美

昔から看護師という仕事に憧れをもっていて、看護師について色々考えて学校選びなどをしていました。でもその時はまだその憧れがあいまいでした。それがはっきりと看護師の道を志すきっかけになったのがおじいちゃんの入院でした。ICUから一般病棟にうつって療養することになった際に、看護師のおじいちゃんへの関わり方や私たち家族に対するケアを見たりするなかで「これもいいけれど、私だったらもっとこんな事をしてあげたいな」と考えるようになりました。それでより強く看護の道に進みたいと思うようになりました。

頼りにしてもらえるような看護師になりたい

成松 美香

看護師をめざしたきっかけは、母親に小さいときから「手に職をつけなさい」と言われてきたことと、中学校の時に所属していた吹奏楽部で老人ホームへ慰問に行っていて、そこでお年寄りの方たちとふれあっているうちに、「こういう仕事がしたい」となんとなく思っていたことがありました。

看護師やリハビリなど職種は迷いましたが、気づいたら看護師の道を進んでいました(笑)でも看護師の道に進んでみたら、幅も広くていろんなことができるので、いいなと思っています。今もやっぱり老人の看護に興味があります。

生き生きしたお母さんになりたい

佐藤 奈保子

実は当院は、私の母も看護補助者として勤めていたんです。なので幼い頃から病院の話を聞くことも多かったし、母の働き振りをずっとみてきました。
私は、小学校の頃からいわゆる鍵っ子。でも、不思議に淋しいと思ったことはなかったように思います。同じく小学生の頃に、1ヶ月間の入院をしたこともありました。その時に看護師の方が優しくしてくれた経験を通じて、またお母さんのように生き生き働いている人になりたい・・・

そんな想いを胸に抱き、当然のように看護師になることを夢見ていました。小学校の卒業文集には、既に「看護師になりたい」と書き、迷うことなくその道を進んで行きました。

初めての東広島

前田 昌子

専門学校卒業後、地元の個人病院で看護師をしていました。
結婚を機に退職し、2人の子供に恵まれ子育てライフを楽しんでいました。やがて、主人の仕事の関係で東広島に引越ししてきたんです。
生まれて初めての右も左も分からない土地。東広島は酒処らしく酒蔵がたくさんあって、酒蔵通りを散歩したり、広島大学近辺に行ったり・・・それなりに家族との生活を楽しんでいました。
そろそろ看護師を復帰したいと思っていた矢先のこと。復職支援を知って、早速申込み、説明会でのお話を聞いているうちに、この病院で働きたいと思いました。